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Monday Aug 18, 2008

死神の精度9-5

 彼女をタクシーに乗せた後で、私は深夜のアーケード街を歩いた。仕事が順調に進みそうな手ごたえを感じていたからか、足取りは軽い。もともと私の仕事は気楽なものだった。人間の姿になることと、人間と会うことを厭わなければ、少しばかりの会話をし、報告書への記入を行えば、終わる。同僚との関わりもさほどなく、現場に出てしまえば個人の考えで行動できるのだから、私には向いていた。

 CDショップに入る。深夜営業をしているCDショップは貴重なので、発見できるといつもほっとする。夜の十一時を過ぎている店内には、まばらではあっても、客がいた。するりするりと棚を通り過ぎ、試聴用の機械がならんでいる場所まで移動した。この仕事をやる上で、何が楽しみかといえば、ミュージックを聴くことをおいて他にない。

 耳に当てたヘッドフォンから、曲が流れてくる感覚は新鮮で、ぞくぞくするような感動が味わえる。実に素晴らしい。私は人間の死には興味がないが、人間が死に絶えてミュージックがなくなってしまうことだけは、つらい。

 あ、と気がついた。すでに一人の中年男性が試聴機の前で、ヘッドフォンをしているのだが、それが同僚だったのだ。

 肩を叩く。陶酔するかのように、目を瞑っていた男がはっと振り返った。ヘッドフォンを外し、「よお」と笑った。

 「おまえの担当も、このあたりなのか?」私は尋ねる。

 「ああ、今日で終わりだけどさ」

 「報告が終わったのか?それとも、見届けるのか?」

 「見届けるのが」彼は肩を上げた。「酔った帰り道に、地下鉄のホームから落ちたよ」

 私たちは一週間の調査が終わると、担当部署に結果の報告を行う。その結果が「可」である場合、いや、大半は「可」であるのだが、その翌日、つまり八日目に、「死」が実行される。私たちはその実行を見届けて、仕事を終了したことになるのだ。

 ちなみに、自分の担当した人間がどのような形で死ぬのか、事前には知らされていない。調査期間の七日間で死因が発生することもなく、たとえば、六日目で負った怪我が悪化して八日目に死亡する、というケースもないため、見届けの時が来るまで、彼らの死に方については想像がつかない。

 「戻る前に、最後の試聴か?」ヘッドフォンを指差す。

 「まあな。次はいつかわからねえしよ」かれはそういって、微笑んだ。

 私たちの仲間は、仕事の合間に時間ができると、CDショップの試聴をしていることが多い。一心不乱にヘッドフォンを耳に当て、ちっとも立ち去ろうとしない客がいたら、おそらく私か、私の同僚だろう。以前、機会があって映画を観たのだが、そこでは、「天使は図書館に集まる」と描かれていた。なるほど、彼らは図書館なのか、と感心した。私たちはCDショップだ。

 「このアルバム、最高だよ」彼はヘッドフォンを寄せ越してきた。耳に当てる。ロックともポップともつかないが、女性ボーカルが軽快に聞こえてきた。

 これはいい、とへっどフォンを返しながら、同意する。私たちは下手をすると、仕事の合間にミュージックを楽しむのではなくて、ミュージックを堪能する合間に仕事をするようなころがあるので、情報にも精通している。目の前の同僚は、少々自慢げな表情を浮かべると、「このアルバムは、プロデューサーに注目すべきなんだ」としゃべり始めた。そして、このプロデューサーがいかに天才かをとうとう話した。

 「でも、このミュージックがいいのは、歌っている女性の声やセンスがいいからだろ」と私は言い返した。「プロデューサーは関係ない」

 「そうだ。歌は声だよ。このプロデューサーもそういってる。素質と才能だ。だからこそ、だ」

 「だからこそ?」

 「この歌声は発掘してきた、このプロデューサーがすごいんだ」

 私はあいまいな返事をした。勝手な勘ぐりではあるが、彼は地道な仕事ばかりしている自分を、裏方仕事のプロデューサーと重ねあわせているのかもしてない。

 「おまえは?」彼が、私に顎を向けた。

 「今日から調査を始めた。でも幸い、簡単そうだ」藤木一恵の顔を思い出す。

 「簡単も、はじめから、『可』にするって決めてるんだろ。どうせ」

 「俺は、少しは真面目に判断するつもりなんだ。できるだけ、情報を仕入れて、正しい判断を下したいと思ってるんだ」

 「でも、結局、『可』なんだろ」

 「まあな」実際、そうなのだから、認めざるを得ない。「でも、一応、真面目に取り組んでるつもりだ」

 「一応、だろ?」

 「そう、一応だ」私は頷いて、隣にあるヘッドフォンを手にとると、頭からそれをかぶり、再生ボタンを押した。じゃあな、と手を上げて、同僚の男性は店から出て行った。

 ジャズでも、ロックでも、クラシックでも、どれであろうと、ミュージックは最高だ。聞いているだけで、私は幸せになる。多分、他の仲間も同じだろう。死神だからといって、髑髏の絵がジャケットに描かれたへウ''ィメタルしか受け付けないというわけでは、決してない。

                  つづく……

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